論文要旨(博甲第1号)

論文要旨(博甲第1号)

論文要旨(博甲第1号)

氏名 (本籍) 山 本 久 義  (福岡県)
博士の専攻分野の名称 博士(経営情報学)
学位記番号 博甲第1号
学位授与の日付 平成21年3月18日
学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当(課程博士)
学位論文題目 ルーラル・マーケティング戦略論
-複合的農山漁村型地域産業のマーケティング戦略-
論文審査委員 主査 教 授  阿 部  真 也
副査 教 授  市 村  昭 三
副査 教 授  都 野  尚 典
論文内容の要旨  わが国における農業・漁業および農山漁村地域は、低収入、就業者不足、高齢化、過疎化が進展しており、食料自給率40%という由々しき事態の主たる要因の一つになっている。
一方、フード・マイルズの観点から見ると60%もの食糧輸入に伴い、莫大な石油資源の浪費と膨大な量のCO2の放出をもたらし、資源保護や地球温暖化防止等、環境保全政策に対して完全に逆行している。さらに上記の産業と地域は多面的な経済外機能を果たすものであり、それを貨幣価値に換算すると両産業で年間約20兆円に相当する(日本学術会議)。食料は輸入できてもこの多面的機能までは輸入できない。以上より、わが国農業・漁業と農山漁村地域は早急に活性化されなければならない。
 本研究の目的はそのための「具体的振興策」を提示することである。考察に際してはまず農業収入および漁業収入の大幅増加と、農家・漁業家の就業意欲の大幅向上を主要テーマとし、その具体策を、産業や地域の振興に貢献するところのマーケティング戦略の観点に立って、文献調査と実態調査をもとに分析・考察を加え、最後にそれを体系的に集約・整理し、「ルーラル・マーケティング戦略論」として提示するものである。
 かくて、本研究は次の5つの章建てで構成される。
まず第1章で、わが国における農業・漁業と農山漁村地域の現状と問題点についてその実態を提示し、その振興が急務である根拠について論及した。
 第2章では、マーケティングとマーケティング戦略の意義と特徴、およびそれを実践する経営体の発展をもたらすだけでなく、産業の振興にも貢献する根拠を明らかにした。さらにマーケティングは大別して、①利潤の追求を究極目的とする私企業型のマネジリアル・マーケティングと、②ミッションの達成(例えば地域振興の実現)を究極目的とする非営利組織型のソーシャル・マーケティングの2種類があることを指摘した。また地域の発展には域外から企業を誘致する外発型と、地域内の資源をもとに産業おこしを図る内発型の2種類があり、農業・漁業や農山漁村地域の発展には後者(内発型)の方が有効であることを実証的に論述した。かくてわが国の農業・漁業および農山漁村地域の具体的振興策は、「内発型のソーシャル・マーケティング戦略」を基軸にすべきであることを指摘した。
 第3章では、「地域の振興」は政府が関与すべきビッグテーマの一つであることから、それに関する主要施策について、間接的施策と直接的施策に分け、その特徴と課題について考察した。間接的施策に関しては過疎対策事業、国庫補助金政策、広域行政施策(全国総合開発計画)および農水省施策の4大施策を対象に考察した。結果として、各施策がそれぞれ次の課題解決に向けた積極的展開を図るべきであることを指摘した:①ヨーロッパで盛んなグリーン・ツーリズムの大々的導入、②デカップリング制度のより有効な展開、③農山漁村地域の振興に重点をシフトした施策、④食料自給率向上に向けた直接的展開。
 直接的施策に関しては、商工会連合会事業の一つ「村おこし事業」と、国土交通省と地方自治体の共同事業である「道の駅事業」を対象とし、実態調査(前者は福岡県内対象、後者は九州・沖縄全域対象)を通じて考察した。抽出された課題は以下のとおりである。「村おこし事業」:地域特産品の開発は既存の農水産品の改良を主体にすること、地域観光事業の積極展開が必要であること。「道の駅事業」:支配人の小売・集客マーケティングに関するノウハウが業績の大きな決め手になるため、その選考と能力開発が必要であること。
 第4章では、地域が「農業・漁業と農山漁村地域の振興」を目指して自主的に取り組み、何らかの成功を見ている取り組み事例の実態調査を行い、その成功要因の抽出と、マーケティング戦略に対するインプリケーションについて考察した。
 第5章では、以上の考察と、諸種の先行研究から得たエキスを織り込み、わが国農山漁村地域と農業・漁業の振興を目的とするマーケティング戦略を「ルーラル・マーケティング戦略」と名づけ、その戦略論としての体系化を試みた。体系化に際してまず、有効な戦略的ビジネスモデル「複合的農山漁村型地域産業(別称:複合的ルーラル産業)」を提示した。その定義は「ルーラル地域と農業・漁業の振興を目的に、地域内の第1次、2次、3次産業間で経済の波及効果を創出・推進すべく、第3次産業の核的事業主体がチャネル・キャプテンとなり、第1次産業を起点とするバリューチェーンとして、2次、3次産業を有機的に統合した地域ぐるみの垂直的マーケティングシステム(VMS)」である。
 続いてそのもとで展開すべき具体的マーケティング戦略のあり方について実践的解説を試みた。
最後に、当「ルーラル・マーケティング戦略論」がより一層有効に機能するために実践すべき事項について、マクロ的観点から提言を試みた。
論文審査の結果の要旨  申請者の提出した論文『ルーラル・マーケティング戦略論-複合的農山漁村型地域産業のマーケティング戦略-』(同文館出版、平成20年4月新版発行)は、これまでの申請者の多年にわたる研究成果を、最近の内外の理論研究の成果や新しい実態調査の結果を含めて取りまとめたものである。
 本書では、まず第1章で「農山漁村地域の現状と課題」と題して、わが国のルーラル地域の現状と課題が最新のデータによって紹介されたあと、第2章では、「産業の振興とマーケティング戦略」というタイトルで、本書の主題と結びつくマーケティング戦略について述べている。そこでは、アメリカやわが国のマーケティング協会の定義などを引用しながら、「利潤志向」(マネジリアル・マーケティング)と徹底的顧客志向(ソーシャル・マーケティング)の両立が、マーケティングの理念として強調されている。また、ここでルーラル産業に関しての外発的発展論と内発的発展論について言及し、本書ではマーケティング論によって補強された内発的発展論を基本とすることが明言されている。さらに、地域内市場だけを考える内発的発展論ではなく、ルーラル地域と大都市市場との関係性(リレーションシップ・マーケティング)の強化が重要であると指摘している。
 つづいて第3章と第4章では、ルーラル産業のこれまでの振興政策と振興事例が紹介されている。そこでは、具体的な行政施策と事業主体別の事例分析、そこでの役場や商工会などの支援活動の重要性が述べられている。特に第3章の第2節では、本学大学院に在学中におこなわれた、九州の「道の駅」事業92地点を対象にしたアンケート調査とヒヤリングの結果が詳細にわたって紹介されており、その成功事例にもとづきながら、「道の駅」事業は第三セクターの法人が事業主体になるのが望ましいという提言をまとめている。何故なら、「道の駅」は国と地方自治体の支援のもとで実行されるものであり、そこでは利潤追求をめざす経営能力はもちろん重要であるが、それだけでなく、地域の振興を理念としたソーシャル・マーケティングの展開が要請されているからである。
 最後に第5章では、以上のような現状分析や振興施策の基礎にある「複合的ルーラル産業」の概念規定と、ルーラル・マーケティング戦略論の主要な構成内容をなす「成長戦略」と「競争戦略」の理論枠組みの提示がなされる。先行研究、とりわけ農業(アグリビジネス)研究者や中小企業研究者との見解の相違点が明確にされるとともに、最近の経営学研究の分野で注目されてきたH.I.アンゾフの経営戦略論と、マーケティング理論の中核をなすマーケティング・ミックス論との統合の試みが示される。
 以上のような内容をもった申請論文に対して、申請者の出席のもとでおこなわれた2回の審査委員会と、本学大学院教職員の多数の参加をえて開かれた公聴会において、活発な質疑応答がなされた。1)申請者の提出論文(著書)の内容は多岐にわたるが、その中心的テーマは何か。2)ルーラル産業の振興方向として、外発的発展論よりも内発的発展論が重視されているが、発展途上国のことなどを考えると、外発的発展論の役割も無視できないのではないか。3)ルーラル産業振興の基本モデルとして、第3次産業の中核的事業主体がチャネル・キャプテンとなり、1次産業や2次産業の企業と連携した垂直的マーケティング・システム(バリュー・チェーン)の展開が意図されている。この考え方と、最近注目されているSCM(サプライチェーン・マネジメント)との違いはあるのか。4)SCMでは、情報フローによる事業主体間の情報共有と連携が重視されるが、IT技術は上記の振興モデルのなかでどのような役割を果たすのか。5)マーケティング理念として、利潤志向と消費者志向(ソーシャル・ミッション)の結合が重視されているが、その実現可能性はどうか、等々の質問に対して、申請者は明快な回答を提示した。
 いま、質疑応答のすべてについてここで述べることは出来ないが、たとえば産業振興モデルにおけるIT技術の利用可能性については、POSシステムや携帯電話の利用は、このモデルがスムーズに機能するための必須の要件であることが、具体的事例をもとに説明された。また理念としてのマネジリアル志向とソーシャル志向との統合については、ルーラルという地域の振興のためには、役場や商工会などの非営利組織の協力体制が不可欠であることから、利潤追求だけの取り組みでは限界があることが、質疑応答のなかで明らかになった。
 このように、提出論文の内容が理論的・実証的研究の両面を含み、また、これまで本格的な研究の遅れていたルーラル地域のマーケティングという新しい分野を研究対象にしたこともあって、さまざまな疑問も提示されたが、これは決してこの提出論文の欠点を意味するものではなく、むしろこの論文のもつ創造的で統合的な性格を反映したものだといってよい。これらの疑問点に対して、申請者は明快な回答を用意したという点についてもすでに述べた。また、提出論文(著書)のなかには、レフェリー付きの論文として発表された最近の論文3篇以上を含むだけでなく、海外の学会で発表された論文も多数含まれていることも、特記すべきであろう。
 よって本論文は、博士(経営情報学)の学位を授与するに値するものと認める。